Embroidery Makes It Yours---Written by Masahiro Kogure
刺繍を入れるシャツは、自分のための一着です
昭和の時代には、百貨店や専門店でスーツやジャケットを購入する際、「お名前をお入れしますか?」とスタッフの方から尋ねられることがよくありました。
オーダーで服を仕立てる場合はもちろん、既製品でもそうした経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか。日本では「ネーム刺繍」や「ネーム入れ」と呼ばれ、上衣の内ポケット上などに自分の名前を漢字やイニシャルで入れることがよく薦められていました。それは、自分だけのために仕立てた特別な一着であることの証のようなものだったのだと思います。こうした習慣は、スーツに限らず、シャツをはじめとするドレスアイテムにも古くから見られました。

シャツは日本でも欧米でも、外部のクリーニング店に洗濯を依頼することが多く、誰のものかを判別するための「所有の印」という実用的な意味合いもありました。ただ最近では、それ以上にお洒落の一部として刺繍を楽しむ人が増えているように感じます。
カスタムシャツを出自に持つインディビジュアライズド シャツでも、もちろん「ネーム刺繍」はオプションとして用意されています。オーダー時に使用する見本帳には、およそ19種類の書体サンプルが掲載されています。本コラム第3回でも紹介した、ニューヨーク出身のファッションデザイナーのアラン・フラッサーは、著書『MAKING THE MAN(邦題:男の服装学/平凡社・1983年)』の中で、ドレスシャツの刺繍として「モノグラム」を薦めています。
モノグラムとは、2つ以上の文字や記号を重ねたり組み合わせたりして、ひとつの記号として表現した文様のことです。欧米ではバッグや服のデザインの一部として象徴的に用いられることも近年増えてきました。
アラン・フラッサーは同書の中で、「(モノグラムの)組み合わせ文字は、シャツにイニシャルを入れる時に便利であり、エレガント」と述べています。また刺繍を入れる位置にも言及しており、「ポケットの付いているシャツの場合はポケットのセンター(中央)に、ポケットのないシャツの場合、ウエストから5インチから6インチ上に付けるとよい」と解説しています。
インディビジュアライズド シャツの社長ジム・ハイザーは、いつもポケットのないシャツを着用していますが、刺繍は左胸の中央に入れていました。現在のアメリカでは、その位置が一般的なのかもしれません。ただ、アラン・フラッサーが薦めるように、左胸よりも少し下の位置に刺繍を入れる方法も、既製品にはない雰囲気があり、控えめでエレガントに映ります。もちろんインディビジュアライズド シャツではこの位置にモノグラムを入れることが可能です。

日本では、シャツの刺繍は姓名の頭文字を取った2文字のイニシャルを入れるケースが多いかもしれません。一方、インディビジュアライズド シャツの見本帳を見ると、3文字を組み合わせたモノグラムが多く提示されています。欧米ではミドルネームを持つ人や、親や祖父の名前を継承している人も多く、3文字のモノグラムは決して珍しいものではありません。モノグラムを図案化するうえで、文字が3つ並ぶことは大きな効果を発揮します。中央の文字をほかの2つより大きくしたり、筆記体で3文字を組み合わせたりたりすることで、デザイン性がより高まります。

先日、1974年公開の名作『ゴッドファーザー PARTⅡ』を久しぶりに観ました。物語は、アル・パチーノ演じる主人公マイケル・コルレオーネが暮らすネバダ州タホ湖畔の邸宅から始まります。夫妻の寝室のシーンでは、ベッド用のリネンに中央の「C」を大きく配した「MCF」という3文字のモノグラム刺繍が施されていました。確定的な情報ではありませんが、最後の「F」はマイケルのミドルネームであるフランシス(Fransis)を指しているのではないかとも言われています。身の回りのリネン類にまでモノグラムを入れるという習慣は、どこかリッチで特別感があります。この作品の主な舞台は1950年代末ですが、その頃から欧米ではこうした文化が根づいていたことがうかがえます。
日本人でミドルネームを持つ人は少ないかもしれませんが、カスタムシャツを徹底的に楽しむという意味では、3文字のモノグラムを考えてみるのも一案です。実は私自身も、過去に試したことがあります。中央にニックネームの頭文字を加えて図案化してみたところ、2文字のイニシャルとはまた違った、よりスペシャルな雰囲気が生まれました。

東京・神宮前にあるインディビジュアライズド シャツのショップ「ユーソニアングッズストア(USONIAN GOODS STORE)」で、日本ではどのくらいの方がこうした刺繍を楽しんでいるのか尋ねたことがあります。正確な数字ではありませんが、およそ2割の方が刺繍をオーダーされているそうです。時計好きな方は、左手のカフス部分に刺繍を入れることが多いとも聞きました。袖口からさりげなく覗くモノグラムも、控えめで洒落た表現だと思います。
アメリカ本国のインディビジュアライズド シャツでは書体のバリエーションも増え、刺繍を楽しむ人が年々増えているそうですが、日本でのその割合が大きく変わっていないとも聞きました。日本では、将来的に手放すことを前提に服を購入する人も少なくなく、刺繍が入っていると買取価格が下がるため、あえて避ける傾向があるのではないかと、同店のスタッフは分析していました。
ただ個人的には、それは少し残念に感じます。シャツに刺繍を入れるという行為は、自分のための一着を仕立てることにほかなりません。そしてそれは、シャツを長く、大切に着るという意思の表れでもあります。
シャツに刺繍を入れるかどうか。それは、その一着とどんな時間を過ごしたいかを考えることなのかもしれません。
