Oxford’s Origin Story---Written by Masahiro Kogure
"オックスフォード”は大学が発祥?
ボタンダウンシャツを支えた名素材の意外なルーツ
ボタンダウンシャツに用いられる代表的な素材といえば、「オックスフォード」ではないでしょうか。
平織りの一種で、経糸・緯糸をそれぞれ2〜3本ずつ引き揃えて交差させて織る生地で、日本名では「斜子織り(ななこおり)」と呼ばれています。一般的なオックスフォードは20〜40番手の太番手の糸で織られ、生地に厚みとハリがあり、シワにもなりにくい特徴を持っています。数本ずつ交差させているため、通気性にも優れ、柔らかな風合いを持っています。

では、なぜこの生地に「オックスフォード」という名前が付けられたのでしょうか。諸説ありますが、19世紀、スコットランドの紡績会社が新たなシャツ地を開発した際に、マーケティングの一環として名門大学の名前を冠して販売したことに由来すると言われています。当時は「オックスフォード」「ケンブリッジ」「ハーバード」「イエール」と、英米の名門大学の名付けられた4種類の生地が存在したそうですが、現在まで残っているのは「オックスフォード」だけです。
少し余談になりますが、ファッション用語には「オックスフォード」という言葉が多く登場します。『男の服飾事典』(婦人画報社 1991年刊)で索引を引くと、「オックスフォード」で始まる項目は9つもあります。
その代表が「オックスフォード・シューズ」です。甲部を紐で締める短靴のことで、17世紀、長く脱ぎ履きしにくいブーツを嫌ったオックスフォードの学生たちが丈をカットして履き出したことが由来とされています(異説もあり)。
また「オックスフォード・バッグス」は、“袋のようにたっぷりした袴風のラッパ型長ズボン”と解説されています。1920年代、学内でニッカーズボンを禁じられた学生たちが、反抗的に裾周り60cm以上もある極太ズボンを穿いて登校していたという逸話が残されています。いずれも、オックスフォードの学生が生んだ流行が語源になっていますが、ボタンダウンシャツの生地として知られる「オックスフォード」は、こうした自然発生的な由来ではなく、販売戦略として名付けられたものです。
さて、この生地のなかで特に名を残しているのが、アメリカ・バージニア州のテキスタイルメーカー「ダンリバー(DAN RIVER)」社です。同社は1882年創業の老舗織物メーカーで、ボタンダウンの生みの親として知られるブルックス ブラザーズの依頼を受け、オックスフォードの生地を同社に供給していました。インディビジュアライズド シャツは、ブルックス ブラザーズのカスタムメイド・シャツを長年にわたり生産してきたシャツメーカーですが、「ダンリバー」社のオックスフォードを使って仕立てることを許されたメーカーでもありました。

残念ながら「ダンリバー」社は21世紀初頭に倒産し、その生地は“幻”のオックスフォードとなってしまいました。しかし同社の生地を綿密に研究し、インディビジュアライズド シャツが独自で開発したのが「レガッタ・オックスフォード」です。生成りがかった柔らかな白と、穏やかなブルーの2色展開で、昔ながらのオックスフォードの風合いを愛する人々に支持されています。
一方、ブランドを代表する定番素材として長く人気を集めているのが「ケンブリッジ・オックスフォード」です。こちらは、白は純白、ブルーは明快な青と、はっきりとした発色が特徴です。グレーやピンクのほか、キャンディストライプなど多彩な色柄が用意されています。初めてインディビジュアライズド シャツをオーダーする人の約8割の方がこの「ケンブリッジ・オックスフォード」を選んでいると聞きます。

また、同ブランドの社長ジム・ハイザーによれば、アメリカ本国では「ピンポイント・オックスフォード」が圧倒的に人気だそうです。この生地は通常のオックフフォードよりも細番手の糸で織られ、きめ細かく滑らかです。「スーツにもデニムにも合わせやすい実用性が理由では」と彼は語ります。

「オックスフォード」と名が付く生地だけでもこれほどの奥行きがあるのは、カスタムシャツを原点とするインディビジュアライズド シャツならではの矜持でしょう。
さあ、あなたはどの「オックスフォード」で、自分らしいボタンダウンシャツを仕立てますか。
プロフィール
●小暮昌弘(こぐれ・まさひろ)
1957年生まれ。埼玉県出身。法政大学卒業。1982年、(株)婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に入社。1983年から『メンズクラブ』編集部に所属し、主にファッションページを担当。2006年〜2007年に同誌編集長を務める。2009年よりフリーランスの編集者として活動。
